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樋口一葉「たけくらべ」8
我が子ながら美くしきを立ちて見、居て見、首筋が薄かつたと猶ぞいひける、單衣は水色友仙の凉しげに、白茶金らんの丸帶少し幅の狹いを結ばせて、庭石に下駄直すまで時は移りぬ。まだかまだかと塀の廻りを七度び廻り、欠伸の數も盡きて、拂ふとすれど名物の蚊に首筋額ぎわしたたか螫れ、三五郎弱りきる時、美登利立出でていざと言ふに、此方は言葉もなく袖を捉へて驅け出せば、息がはづむ、胸が痛い、そんなに急ぐならば此方は知らぬ、お前一人でお出と怒られて、別れ別れの到着、筆やの店へ來し時は正太が夕飯の最中とおぼえし。ああ面白くない、おもしろくない、彼の人が來なければ幻燈をはじめるのも嫌、伯母さん此處の家に智惠の板は賣りませぬか、十六武藏でも何でもよい、手が暇で困ると美登利の淋しがれば、夫れよと即坐に鋏を借りて女子づれは切拔きにかかる、男は三五郎を中に仁和賀のさらひ、北廓全盛見わたせば、軒は提燈電氣燈、いつも賑ふ五丁町、と諸聲をかしくはやし立つるに、記憶のよければ去年一昨年とさかのぼりて、手振手拍子ひとつも變る事なし、うかれ立たる十人あまりの騷ぎなれば何事と門に立ちて人垣をつくりし中より。三五郎は居るか、一寸來くれ大急ぎだと、文次といふ元結よりの呼ぶに、何の用意もなくおいしよ、よし來たと身がるに敷居を飛こゆる時、此二タ股野郎覺悟をしろ、横町の面よごしめ唯は置かぬ、誰れだと思ふ長吉だ生ふざけた眞似をして後悔するなと頬骨一撃、あつと魂消て逃入る襟がみを、つかんで引出す横町の一むれ、それ三五郎をたたき殺せ、正太を引出してやつて仕舞へ、弱虫にげるな、團子屋の頓馬も唯は置ぬと潮のやうに沸かへる騷ぎ、筆屋が軒の掛提燈は苦もなくたたき落されて、釣りらんぷ危なし店先の喧嘩なりませぬと女房が喚きも聞かばこそ、人數は大凡十四五人、ねぢ鉢卷に大萬燈ふりたてて、當るがままの亂暴狼藉、土足に踏み込む傍若無人、目ざす敵の正太が見えねば、何處へ隱くした、何處へ逃げた、さあ言はぬか、言はぬか、言はさずに置く物かと三五郎を取こめて撃つやら蹴るやら、美登利くやしく止める人を掻きのけて、これお前がたは三ちやんに何の咎がある、正太さんと喧嘩がしたくば正太さんとしたが宜い、逃げもせねば隱くしもしない、正太さんは居ぬでは無いか、此處は私が遊び處、お前がたに指でもささしはせぬ、ゑゑ憎くらしい長吉め、三ちやんを何故ぶつ、あれ又引たほした、