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樋口一葉「たけくらべ」26
己れは今朝から探して居るけれど何處へ行たか筆やへも來ないと言ふ、廓内だらうかなと問へば、むむ美登利さんはな今の先己れの家の前を通つて揚屋町の刎橋から這入つて行た、本當に正さん大變だぜ、今日はね、髮を斯ういふ風にこんな嶋田に結つてと、變てこな手つきして、奇麗だね彼の娘はと鼻を拭つつ言へば、大卷さんより猶美いや、だけれど彼の子も華魁に成るのでは可憐さうだと下を向ひて正太の答ふるに、好いじやあ無いか華魁になれば、己れは來年から際物屋に成つてお金をこしらへるがね、夫れを持つて買ひに行くのだと頓馬を現はすに、洒落くさい事を言つて居らあ左うすればお前はきつと振られるよ。何故々々。何故でも振られる理由が有るのだもの、と顏を少し染めて笑ひながら、夫れじやあ己れも一廻りして來ようや、又後に來るよと捨て臺辭して門に出て、十六七の頃までは蝶よ花よと育てられ、と怪しきふるへ聲に此頃此處の流行ぶしを言つて、今では勤めが身にしみてと口の内にくり返し、例の雪駄の音たかく浮きたつ人の中に交りて小さき身躰は忽ちに隱れつ。
揉まれて出し廓の角、向ふより番頭新造のお妻と連れ立ちて話しながら來るを見れば、まがひも無き大黒屋の美登利なれども誠に頓馬の言ひつる如く、初々しき大嶋田結ひ綿のやうに絞りばなしふさふさとかけて、鼈甲のさし込、總つきの花かんざしひらめかし、何時よりは極彩色のただ京人形を見るやうに思はれて、正太はあつとも言はず立止まりしまま例の如くは抱きつきもせで打守るに、彼方は正太さんかとて走り寄り、お妻どんお前買ひ物が有らば最う此處でお別れにしましよ、私は此人と一處に歸ります、左樣ならとて頭を下げるに、あれ美いちやんの現金な、最うお送りは入りませぬとかえ、そんなら私は京町で買物しましよ、とちよこちよこ走りに長屋の細道へ驅け込むに、正太はじめて美登利の袖を引いて好く似合ふね、いつ結つたの今朝かへ昨日かへ何故はやく見せては呉れなかつた、と恨めしげに甘ゆれば、美登利打しほれて口重く、姉さんの部屋で今朝結つて貰つたの、私は厭やでしようが無い、とさし俯向きて往來を恥ぢぬ。
十五
憂く恥かしく、つつましき事身にあれば人の褒めるは嘲りと聞なされて、嶋田の髷のなつかしさに振かへり見る人たちをば我れを蔑む眼つきと察られて、正太さん私は自宅へ歸るよと言ふに、何故今日は遊ばないのだらう、