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樋口一葉「たけくらべ」20

此ほどの事かかんもくだくだしや大音寺前にて珍らしき事は盲目按摩の二十ばかりなる娘、かなはぬ戀に不自由なる身を恨みて水の谷の池に入水したるを新らしい事とて傳へる位なもの、八百屋の吉五郎に大工の太吉がさつぱりと影を見せぬが何とかせしと問ふに此一件であげられましたと、顏の眞中へ指をさして、何の子細なく取立てて噂をする者もなし、大路を見渡せば罪なき子供の三五人手を引つれて開いらいた開らいた何の花ひらいたと、無心の遊びも自然と靜かにて、廓に通ふ車の音のみ何時に變らず勇ましく聞えぬ。
 秋雨しとしとと降るかと思へばさつと音して運びくる樣なる淋しき夜、通りすがりの客をば待たぬ店なれば、筆やの妻は宵のほどより表の戸をたてて、中に集まりしは例の美登利に正太郎、その外には小さき子供の二三人寄りて細螺はじきの幼なげな事して遊ぶほどに、美登利ふと耳を立てて、あれ誰れか買物に來たのでは無いか溝板を踏む足音がするといへば、おや左樣か、己いらは少つとも聞なかつたと正太もちうちうたこかいの手を止めて、誰れか中間が來たのでは無いかと嬉しがるに、門なる人は此店の前まで來たりける足音の聞えしばかり夫れよりはふつと絶えて、音も沙汰もなし。

   十一

 正太は潜りを明けて、ばあと言ひながら顏を出すに、人は二三軒先の軒下をたどりて、ぽつぽつと行く後影、誰れ誰れだ、おいお這入よと聲をかけて、美登利が足駄を突かけばきに、降る雨を厭はず驅け出さんとせしが、ああ彼奴だと一ト言、振かへつて、美登利さん呼んだつても來はしないよ、一件だもの、と自分の頭を丸めて見せぬ。
 信さんかへ、と受けて、嫌やな坊主つたら無い、屹度筆か何か買ひに來たのだけれど、私たちが居るものだから立聞きをして歸つたのであらう、意地惡るの、根生まがりの、ひねつこびれの、吃りの、齒かけの、嫌やな奴め、這入つて來たら散々と窘めてやる物を、歸つたは惜しい事をした、どれ下駄をお貸し、一寸見てやる、とて正太に代つて顏を出せば軒の雨だれ前髮に落ちて、おお氣味が惡るいと首を縮めながら、四五軒先の瓦斯燈の下を大黒傘肩にして少しうつむいて居るらしくとぼとぼと歩む信如の後かげ、何時までも、何時までも、何時までも見送るに、美登利さん何うしたの、と正太は怪しがりて背中をつつきぬ。
 何うもしない、と氣の無い返事をして、上へあがつて細螺を數へながら、