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樋口一葉「たけくらべ」2
榮喜が處作、孟子の母やおどろかん上達の速やかさ、うまいと褒められて今宵も一廻りと生意氣は七つ八つよりつのりて、やがては肩に置手ぬぐひ、鼻歌のそそり節、十五の少年がませかた恐ろし、學校の唱歌にもぎつちよんちよんと拍子を取りて、運動會に木やり音頭もなしかねまじき風情、さらでも教育はむづかしきに教師の苦心さこそと思はるる入谷ぢかくに育英舍とて、私立なれども生徒の數は千人近く、狹き校舍に目白押の窮屈さも教師が人望いよいよあらはれて、唯學校と一ト口にて此あたりには呑込みのつくほど成るがあり、通ふ子供の數々に或は火消鳶人足、おとつさんは刎橋の番屋に居るよと習はずして知る其道のかしこさ、梯子のりのまねびにアレ忍びがへしを折りましたと訴へのつべこべ、三百といふ代言の子もあるべし、お前の父さんは馬だねへと言はれて、名のりや愁らき子心にも顏あからめるしほらしさ、出入りの貸座敷の祕藏息子寮住居に華族さまを氣取りて、ふさ付き帽子面もちゆたかに洋服かるがると花々敷を、坊ちやん坊ちやんとて此子の追從するもをかし、多くの中に龍華寺の信如とて、千筋となづる黒髮も今いく歳のさかりにか、やがては墨染にかへぬべき袖の色、發心は腹からか、坊は親ゆづりの勉強ものあり、性來をとなしきを友達いぶせく思ひて、さまざまの惡戲をしかけ、猫の死骸を繩にくくりてお役目なれば引導をたのみますと投げつけし事も有りしが、それは昔、今は校内一の人とて假にも侮りての處業はなかりき、歳は十五、並背にていが栗の頭髮も思ひなしか俗とは變りて、藤本信如と訓にてすませど、何處やら釋といひたげの素振なり。
二
八月廿日は千束神社のまつりとて、山車屋臺に町々の見得をはりて土手をのぼりて廓内までも入込まんづ勢ひ、若者が氣組み思ひやるべし、聞かぢりに子供とて由斷のなりがたき此あたりのなれば、そろひの裕衣は言はでものこと、銘々に申合せて生意氣のありたけ、聞かば膽もつぶれぬべし、横町組と自らゆるしたる亂暴の子供大將に頭の長とて歳も十六、仁和賀の金棒に親父の代理をつとめしより氣位ゑらく成りて、帶は腰の先に、返事は鼻の先にていふ物と定め、にくらしき風俗、あれが頭の子でなくばと鳶人足が女房の蔭口に聞えぬ、心一ぱいに我がままを徹して身に合はぬ巾をも廣げしが、表町に田中屋の正太郎とて歳は我れに三つ劣れど、