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樋口一葉「たけくらべ」19
仕方が無い遣る處までやるさ、弱い者いぢめは此方の恥になるから三五郎や美登利を相手にしても仕方が無い、正太に末社がついたら其時のこと、決して此方から手出しをしてはならないと留めて、さのみは長吉をも叱り飛ばさねど再び喧嘩のなきやうにと祈られぬ。
罪のない子は横町の三五郎なり、思ふさまに擲かれて蹴られて其二三日は立居も苦しく、夕ぐれ毎に父親が空車を五十軒の茶屋が軒まで運ぶにさへ、三公は何うかしたか、ひどく弱つて居るやうだなと見知りの臺屋に咎められしほど成しが、父親はお辭義の鐵とて目上の人に頭をあげた事なく廓内の旦那は言はずともの事、大屋樣地主樣いづれの御無理も御尤と受ける質なれば、長吉と喧嘩してこれこれの亂暴に逢ひましたと訴へればとて、それは何うも仕方が無い大屋さんの息子さんでは無いか、此方に理が有らうが先方が惡るからうが喧嘩の相手に成るといふ事は無い、謝罪て來い謝罪て來い途方も無い奴だと我子を叱りつけて、長吉がもとへあやまりに遣られる事必定なれば、三五郎は口惜しさを噛みつぶして七日十日と程をふれば、痛みの場處の愈ると共に其うらめしさも何時しか忘れて、頭の家の赤ん坊が守りをして二錢が駄賃をうれしがり、ねんねんよ、おころりよ、と背負ひあるくさま、年はと問へば生意氣ざかりの十六にも成りながら其大躰を恥かしげにもなく、表町へものこのこと出かけるに、何時も美登利と正太が嬲りものに成つて、お前は性根を何處へ置いて來たとからかはれながらも遊びの中間は外れざりき。
春は櫻の賑ひよりかけて、なき玉菊が燈籠の頃、つづいて秋の新仁和賀には十分間に車の飛ぶ事此通りのみにて七十五輛と數へしも、二の替りさへいつしか過ぎて、赤蜻蛉田圃に乱るれば横堀に鶉なく頃も近づきぬ、朝夕の秋風身にしみ渡りて上清が店の蚊遣香懷爐灰に座をゆづり、石橋の田村やが粉挽く臼の音さびしく、角海老が時計の響きもそぞろ哀れの音を傳へるやうに成れば、四季絶間なき日暮里の火の光りも彼れが人を燒く烟りかとうら悲しく、茶屋が裏ゆく土手下の細道に落かかるやうな三味の音を仰いで聞けば、仲之町藝者が冴えたる腕に、君が情の假寐の床にと何ならぬ一ふし哀れも深く、此時節より通ひ初るは浮かれ浮かるる遊客ならで、身にしみじみと實のあるお方のよし、遊女あがりの去る女が申き、