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樋口一葉「たけくらべ」17

一人は如法の變屈ものにて一日部屋の中にまぢまぢと陰氣らしき生れなれど、姉のお花は皮薄の二重腮かわゆらしく出來たる子なれば、美人といふにはあらねども年頃といひ人の評判もよく、素人にして捨てて置くは惜しい物の中に加へぬ、さりとてお寺の娘に左り褄、お釋迦が三味ひく世は知らず人の聞え少しは憚かられて、田町の通りに葉茶屋の店を奇麗にしつらへ、帳場格子のうちに此娘を据へて愛敬を賣らすれば、科りの目は兎に角勘定しらずの若い者など、何がなしに寄つて大方毎夜十二時を聞くまで店に客のかげ絶えたる事なし、いそがしきは、大和尚、貸金の取たて、店への見廻り、法用のあれこれ、月の幾日は説教日の定めもあり帳面くるやら經よむやら斯くては身躰のつづき難しと夕暮れの縁先に花むしろを敷かせ、片肌ぬぎに團扇づかひしながら大盃に泡盛をなみなみと注がせて、さかなは好物の蒲燒を表町のむさし屋へあらい處をとの誂へ、承りてゆく使ひ番は信如の役なるに、其嫌やなること骨にしみて、路を歩くにも上を見し事なく、筋向ふの筆やに子供づれの聲を聞けば我が事を誹らるるかと情なく、そしらぬ顏に鰻屋の門を過ぎては四邊に人目の隙をうかがひ、立戻つて駈け入る時の心地、我身限つて腥きものは食べまじと思ひぬ。
 父親和尚は何處までもさばけたる人にて、少しは欲深の名にたてども人の風説に耳をかたぶけるやうな小膽にては無く、手の暇あらば熊手の内職もして見やうといふ氣風なれば、霜月の酉には論なく門前の明地に簪の店を開き、御新造に手拭ひかぶらせて縁喜の宜いのをと呼ばせる趣向、はじめは恥かしき事に思ひけれど、軒ならび素人の手業にて莫大の儲けと聞くに、此雜踏の中といひ誰れも思ひ寄らぬ事なれば日暮れよりは目にも立つまじと思案して、晝間は花屋の女房に手傳はせ、夜に入りては自身をり立て呼たつるに、欲なれやいつしか恥かしさも失せて、思はず聲だかに負ましよ負ましよと跡を追ふやうに成りぬ、人波にもまれて買手も眼の眩みし折なれば、現在後世ねがひに一昨日來たりし門前も忘れて、簪三本七十五錢と懸直すれば、五本ついたを三錢ならばと直切つて行く、世はぬば玉の闇の儲はこのほかにも有るべし、信如は斯かる事どもいかにも心ぐるしく、よし檀家の耳には入らずとも近邊の人々が思わく、子供中間の噂にも龍華寺では簪の店を出して、信さんが母さんの狂氣面して賣つて居たなどと言はれもするやと恥かしく、