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樋口一葉「たけくらべ」14
女子衆達にあとあとまで羨まれしも必竟は姉さまの威光ぞかし、我れ寮住居に人の留守居はしたりとも姉は大黒屋の大卷、長吉風情に負けを取るべき身にもあらず、龍華寺の坊さまにいぢめられんは心外と、これより學校へ通ふ事おもしろからず、我ままの本性あなどられしが口惜しさに、石筆を折り墨をすて、書物も十露盤も入らぬ物にして、中よき友と埓も無く遊びぬ。
八
走れ飛ばせの夕べに引かへて、明けの別れに夢をのせ行く車の淋しさよ、帽子まぶかに人目を厭ふ方樣もあり、手拭とつて頬かふり、彼女が別れに名殘の一撃、いたさ身にしみて思ひ出すほど嬉しく、うす氣味わるやにたにたの笑ひ顏、坂本へ出ては用心し給へ千住がへりの青物車にお足元あぶなし、三嶋樣の角までは氣違ひ街道、御顏のしまり何れも緩るみて、はばかりながら御鼻の下ながながと見えさせ給へば、そんじよ其處らに夫れ大した御男子樣とて、分厘の價値も無しと、辻に立ちて御慮外を申もありけり。楊家の娘君寵をうけてと長恨歌を引出すまでもなく、娘の子は何處にも貴重がらるる頃なれど、此あたりの裏屋より赫奕姫の生るる事その例多し、築地の某屋に今は根を移して御前さま方の御相手、踊りに妙を得し雪といふ美形、唯今のお座敷にてお米のなります木はと至極あどけなき事は申とも、もとは此所の卷帶黨にて花がるたの内職せしものなり、評判は其頃に高く去るもの日々に疎ければ、名物一つかげを消して二度目の花は紺屋の乙娘、今千束町に新つた屋の御神燈ほのめかして、小吉と呼ばるる公園の尤物も根生ひは同じ此處の土成し、あけくれの噂にも御出世といふは女に限りて、男は塵塚さがす黒斑の尾の、ありて用なき物とも見ゆべし、此界隈に若い衆と呼ばるる町並の息子、生意氣ざかりの十七八より五人組、七人組、腰に尺八の伊達はなけれど、何とやら嚴めしき名の親分が手下につきて、揃ひの手ぬぐひ長提燈、賽ころ振る事おぼえぬうちは素見の格子先に思ひ切つての串戲も言ひがたしとや、眞面目につとむる我が家業は晝のうちばかり、一風呂浴びて日の暮れゆけば突かけ下駄に七五三の着物、何屋の店の新妓を見たか、金杉の糸屋が娘に似て最う一倍鼻がひくいと、頭腦の中を此樣な事にこしらへて、一軒ごとの格子に烟草の無理どり鼻紙の無心、打ちつ打たれつ是れを一世の譽と心得れば、堅氣の家の相續息子地廻りと改名して、大門際に喧嘩かひと出るもありけり、